元気のないブログ

いろいろあって元気のないゲイのブログ

2021年10月31日(日)

緊急事態宣言が解除され、コロナの感染拡大もだいぶ落ち着いている頃に、たまたま休みが取れたので帰省している。聞くところによると、2歳とか5歳とかだったいとこたちが、もうずっと会っていないから、いまや高校生とか大学生になっているらしくてビビる。たぶん今回も会わないけど。感染リスクもあるし、そもそも親戚の集まり的なやつが苦手なので、祖父母をはじめ親戚に会いに行ったりはせず、友達にだけ会う予定だった。

 

これからコロナの第6波を迎えるだろうという話もあるので、たまたまこのタイミングで休みが取れてホントに良かった。たまたまが重なってラッキー。そして、たまたまこの帰省しているタイミングで、祖父が余命宣告を受けた。

 

祖父についてうまく説明することは難しい。祖父は、ぼくからすると母方の祖父で、母が子どもの頃は鬼のように厳しいひとだったらしい。虐待といっていいと思うくらいの仕打ちを受けたようだった。そのせいで母はかなりひどく傷ついていた。そして、虐待は連鎖してしまった。母が、そのことの責任を祖父に負わせようとして激しく罵る場面に居合わせた記憶がある。

 

一方で、ぼくが物心ついたときには、祖父は大病を患っていて、母の話に出てくるような暴力を振るうような恐ろしい人物ではなく、すっかり柔和な性格になっていた。むしろ気性の荒い母を宥めるような役割を担っていたように思う。いま思えば、母はそのことすらも悔しかっただろう。ぼくは、母にも祖父にもそして祖母にも同情できない、怒りと悲しみと恨みとが複雑に混ざり合った微妙な利害関係の中に、妹とふたりでぽつねんと立たされていたように思う。

 

祖父母と最後に会ったのは、3年半前。1泊するつもりでひとり祖父母の家を訪ねたが、なんだか間が持たなくて数時間で帰ってしまった。そのとき祖父に渡されたのが、ハーモニカだった。祖父はハーモニカがかなり上手だった。そのことを知らずに、ぼくは高校生の頃にちょっとだけハーモニカを練習していた。それなりに練習はしたつもりだったが、大して上達せずにやめてしまって、今度は弾き語りがしてみたいと思ってウクレレを買って練習したがそれももう1年近く触っていない。

 

楽器を引き渡す/受け取るというのは、すごく特別なモーメントな気がするけれど、ぼくはそれを台無しにしてやいないか。人前で披露できるほどにハーモニカが上手な祖父と、楽器を買っても長続きしないぼくとは、何がどう違ったのだろう。気づいていないところで、実は何かを受け継いでいたりするのだろうか。

 

この3年半という期間で、祖父も祖母もすっかり変わったようだと聞いている。正直、その変わりようをいざ目の当たりにして、どんな感情が湧き上がるのだろうかと考えると怖い。先ほど市販の抗原検査キットで検査をしてみたら、陰性という結果が出たので、これから会いに行く。

 

今後、あるひとが過ごせない時間を、ぼくは過ごせてしまうというのは、悲しいのと同時に、なんだか申し訳ない気持ちがしてしまう。抜け駆けをしているような背徳感。身体をギュウッと縮まらせて、「恐縮です、ごめんなさいっ」というポーズをしたくなる。あ、これ、また自尊心低すぎ問題? 

 

坂元裕二が脚本を書いたドラマ——例えば「カルテット」「大豆田とわ子と三人の元夫」など——では、喪失の体験のあとにもりもりとご飯を食べるシーンが見られる。あるひとが過ごせない時間を、これから生きていくためのご飯、咀嚼、そして嚥下。変にポジティブな行為でもなければ、変にネガティブな行為でもない、ただ次の瞬間を生きるための糧を得る行為。

 

しかし、感情が動かないわけがない。これが生前に会う最後の機会かもしれないのだと思うと、目が潤って仕方がない。

 

これから、おそらく最後になるであろう祖父との面会をしてくる。